出雲大社(いずもおおやしろ)

出雲国一之宮、旧官幣大社
御祭神は、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)です。

明治4年までは「杵築大社(きずきたいしゃ)」と呼ばれていました。

下記の「国譲りの神話」によって築かれた社であると伝えられています。
「杵築大社(出雲大社)」は当時の日本において最大の建築物とされ、「雲太、和二、京三 
(一番大きな建築物が出雲の杵築大社、二番目に大和の東大寺大仏殿、三番目が平安京の大極殿)」
との数え歌が残っています。

≪国譲り神話≫
大国主命が「葦原中国(地上)」の国造りを進めるころ、高天原の天照大御神は「葦原中国を統治すべきは、
天照大御神の子孫である」と宣言をします。
天照大御神は葦原中国を統治下におくべく、高天原の神々を地上に派遣しますが
ことごとく失敗してしまいます。

天照大御神をはじめとする神々は頭を悩め、剣と雷の神である「建御雷神(ためみかづちのかみ)」を派遣。
武による威嚇をもって大国主命に「国譲り」を迫ります。

この申し出に対し、大国主命は息子達に意見を求め、「事代主(ことしろぬし)」は建御雷神の申し出を承諾、
「建御名方(たけみなかた)」は申し出に不服を抱き、建御雷神に力比べを申し出ますが敗北。

この結果を見て大国主命は、「天の御子が住むような立派な宮殿を作ってくれるならば」との条件で国譲りを承諾し、
高天原に復命をすることになります。この社こそ「杵築大社(出雲大社)」であると伝えられています。
<日本の神話と縁の社>参照
出雲大社
島根県出雲市大社町杵築東195


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境内左側の十九社。
<出雲大社リンク>
地図
tel:0853-53-3100
長い参道。
まだ朝の7:30ごろなので、参拝者はあまりいない。
空気が実に清々しい。
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出雲大社の地中より出土した「宇豆柱」

博物館内には、出雲大社縁の宝物や展示品が多数陳列。
非常に魅力的でかなりお勧め。

出雲大社背後の山々。
手前に歴史博物館。
出雲大社の境内から徒歩10分。
神楽殿
神楽殿
境内
境内の苔
境内
境内左側の末社群
素鵞社(そがのやしろ)遥拝所
御祭神:素戔鳴尊(すさのおのみこと)
御本殿の後方に鎮座しているが、工事中のため参拝できない。
御本殿の向かって左手に鎮座する
筑紫社(つくしのやしろ)
御祭神:多紀理比売命(たぎりひめのみこと)
境内左側より望む、御本殿の屋根。
氏社(うじのやしろ)※奥側
御祭神:天穂日命(あめのほひのみこと)

氏社(うじのやしろ)※手前側
御祭神:宮向宿祢(みやむきのすくね)
御本殿の向かって右手の鎮座する、
御向社(みむかいのやしろ)・・・御祭神:須勢理比売命(すせりひめのみこと)※写真左
天前社(あまさきのやしろ)・・・御祭神:蚶貝比売命(きさがいひめのみこと)※写真右

御本殿を右から
境内の向かって右から望む社殿
釜社に並ぶ十九社(じゅうくしゃ)
御祭神:八百萬神(やおよろずのかみ)
境内向かって右側に鎮座する釜社(かまのやしろ)
御祭神:宇迦之魂神(うかのみたまのかみ)
廻廊の隙間から望む楼門と神饌所
八足門
御本殿の屋根を望む。
すべてが覆われているのかと思ったら、鉄骨の枠で
囲まれているだけだった。ちょっと嬉しい。
御社殿遠景
拝殿の注連縄(写真左)と拝殿を横から(写真右)
拝殿
何といっても注連縄が印象的。
雲一つない空の下、勇壮な佇まいの出雲大社。
背後の山々から、気が流れ込んできているようだ。
銅鳥居
寛文六(1666)年、毛利綱広公の寄進。
奥に拝殿。その奥に改装工事中の御本殿。
こちらは幸魂・奇魂である「大物主命」と
遭遇する大国主。
大国主の神話を銅像で再現。
こちらは因幡の白兎。
参道の先に社殿。かなり嬉しい。
御本殿は情報通り工事中。
参道横の景勝。
特に右から望むことができる山々が素晴らしい。思わず感嘆の声をあげてしまった。
参道にかかる神橋。その奥に三ノ鳥居。
参道右に鎮座する祓社

参道横には様々な樹木が植えられている。

二の鳥居と社号標
出雲市街から車で10分ほどの地に鎮座。
ついに出雲大社に参拝。参拝日は、2009年4月18日。
出雲大社の一の鳥居
境内からかなり離れており、徒歩だと10分ほど歩くことになる。