河口浅間神社
山梨県南都留郡富士河口湖町河口1


拝殿と狛犬
拝殿内には「鎮爆」の額が掲げられていた。
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二本杉近くから望む御社殿
「神綿(しんめん)」の奥に祀られている出雲社.
神門近くには神馬舎.
神門

河口浅間神社(かわぐちせんげんじんじゃ)

御祭神は、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、大山祇神(おおやまつみのみこと)です。

第56代・清和天皇の御代、貞観6年(864年)に富士山の大噴火が起こり、凄まじい被害が及ぼされます。

当時、富士山は駿河国(現在の静岡県)に属すると認識され、同山を鎮める社として
浅間大社(富士山本宮浅間大社)が祀られていました。
そのため甲斐国(現在の山梨県)は「富士山噴火は浅間大社神職の怠慢が原因」と朝廷に抗議。
これを受けて朝廷は駿河国へ鎮謝実施を指示するとともに、甲斐国にも富士山を鎮める神
(浅間明神)の奉斎を命じました。

翌年、伴直真貞を祝、伴秋吉を禰宜とし、八代郡家以南に祠を造営。しかし噴火はおさまらず「官社列格」を要請。
その後、勅により「八代郡浅間明神祠」の官社列格と祝・禰宜を置くことが決まります。
(※以上、『日本三代実録』を参考)

河口浅間神社は、この「八代郡浅間明神祠」の有力論社となっています。
※笛吹市の甲斐国一宮浅間神社も論社の一つです。

河口浅間神社は古くから鎌倉街道沿いに位置し交通の要衝として栄え、
河口地区の神社としても信仰を集めました。
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河口浅間神社の駐車場からのぞむ富士山
境内をあとにし、神門から参道へ。
しばらく社叢に佇み、気持ちのよいひと時を過ごす。

諏訪社
「天壌(てんじょう)」から社殿を望む。
写真右に諏訪社
「天壌(てんじょう)」の根元部。まるで流れ落ちる滝のようだ。
広い社叢
奥に山神社が祀られ、左手には七本杉の一つ「天壌(てんじょう)」がそびえ立つ。

三本杉の奥に並び立つ二本杉。
「父母(かづいろ)」と名付けられ、縁結びのご利益があるという。
「産射(うぶや)」近くから望む拝殿。
「神綿(しんめん)」を見上げる
境内の向かって右手から社殿奥にかけて「七本杉」と呼ばれる巨樹が建立ち並んでいる。
樹高はそれぞれ45mほど。圧巻!それぞれの杉には名前が付けられている。
写真左にたつ杉は「「御爾(みしるし)」。
拝殿の向かって左手には、稲荷社(左)と合祀社(右)
(合祀神社・・・若宮稲荷神社・白滝神社・上山神社・子之神社・
八雲神社・御坂神社・産屋神社・下山神社・社宮神社・疱神社・
川戸頭天神社・愛宕社・駒形神社)
御本殿
鳥居の背後には、杉の巨木が立ち並ぶ参道。すごい
<河口浅間神社リンク>
一の鳥居
すがすがしい空気があたりに満ちている。
地図
参道中央に祀られた波多志神社
ご祭神は、貞観7年(865)に浅間明神を祀った
初代祝の伴直真貞。

朝の木漏れ日に包まれながら、参道を進む
tel:0555-76-7186
山神社
「天壌(てんじょう)」
「御爾」の近くに立つ三本杉。
右から、「産射(うぶや)」「齢鶴(れいかく)」「神綿(しんめん)」
と名付けられている。
「御爾(みしるし)」を別角度から
境内。正面に拝殿


河口浅間神社の参道入り口。
鎮座地は河口湖から車で5分ほどの地。
参拝は2010年9月11日。快晴