大斎原(おおゆのはら)

熊野本宮旧社地
社伝によれば、第10代・崇神天皇の御代に、「大斎原(おおゆのはら・熊野本宮大社の旧社地)」に
「熊野三所権現(熊野速玉大神、熊野夫須美大神、家津美御子大神)」が降臨。
その様子を、「大きな櫟(いちい)の木に三体の月が降りてきた」と伝えています。
社殿の造営は、降りてきた真ん中の月からの「我は證誠大権現(家都美御子大神)であり、社殿を創って齋き祀れ」
との神勅によるものと伝えられています。

「大斎原」は熊野川と音無川が合流する中州で、古代から聖地とされてきましたが、
明治22年(1889年)の大洪水で社殿の一部が倒壊。
その後無事だった社殿3棟を高台に移し、現在地の熊野本宮大社の地に遷座となります。


かつて熊野坐神社に祀られていた御祭神は下記。
現在、熊野本宮大社に祀られているのは上四社のみ。中四社・下四社は明治の大洪水で流出し、
旧社地の大斎原に中四社・下四社を祀る祠が設けられている。
◇上四社
  第一殿(西御前):熊野牟須美大神・事解之男神 <千手観音>
  第二殿(中御前):速玉之男神 <薬師如来>
  第三殿(證証殿):家都美御子大神(主祭神) <阿弥陀如来>
  第四殿(若宮):天照大神 <十一面観音>
◇中四社
  第五殿(禅児宮):忍穂耳命 <地蔵菩薩>
  第六殿(聖宮):瓊々杵尊 <龍樹菩薩>
  第七殿(児宮):彦火火出見尊 <如意輪観音>
  第八殿(子守宮):鵜葺草葺不合命 <聖観音>
◇下四社
  第九殿(一万十万):軻遇突智命 <文殊菩薩・普賢菩薩>
  第十殿(米持金剛):埴山姫命 <毘沙門天>
  第十一殿(飛行夜叉):弥都波能売命<不動明王>
  第十二殿(勧請十五所):稚産霊命 <釈迦如来>



大斎原(熊野本宮旧社地)
和歌山県田辺市本宮町本宮


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地図
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大斎原から望む、熊野本宮大社の社地。
双頭を持つ小山の中腹に社殿がもうけられている。
大斎原から少し離れた場所に祀られた「産田社(うぶたしゃ)」
御祭神は伊邪那美命・荒魂
鳥居からの展望。
山の手前に堤防が築かれている。
大鳥居と空。手前の木々は桜かな。
外周を取り囲む石垣
洪水の前からあるものなのだろう。
本宮にもこのような古い石垣があった。
 
大斎原の社叢
大斎原のすぐ隣を流れる熊野川。
熊野川に出れそうな小道を発見。
由緒が記された案内板。
広い旧社地。木々は若い。
左の祠、「中四社・下四社」のご祭神は下記の通り。
◇中四社
  第五殿(禅児宮):忍穂耳命
  第六殿(聖宮):瓊々杵尊
  第七殿(児宮):彦火火出見尊
  第八殿(子守宮):鵜葺草葺不合命
◇下四社
  第九殿(一万十万):軻遇突智命
  第十殿(米持金剛):埴山姫命
  第十一殿(飛行夜叉):弥都波能売命
  第十二殿(勧請十五所):稚産霊命
大斎原(旧社地)に祀られる二つの祠
左(西)に中四社・下四社、右(東)に元境内摂末社をお祀りしている。
右手奥に白い祠がたっている。
大斎原の旧社地
かなり広い。
かつての社地は、現在の熊野本宮大社の8倍だったのだという。
参道横の風景
大斎原の参道
大斎原の大鳥居
高さ33.9m
熊野本宮大社の旧社地「大斎原(おおゆのはら)」遠景。
熊野川と音無川が合流する中州で、古代から聖地とされてきた。
明治22年(1889年)に大洪水があり、無事だった社殿は高台の現社地に遷座となった。
※本当にごく最近の出来事。

ちなみに本宮大社は、明治期まで「熊野坐神社(くまのにますじんじゃ)」と称されていたとのこと。