
あなたが苦しさを感じるとき、それは心が何らかのメッセージを送っているときです。 それはあなたの中の「純粋な心」が、あなたに何かを伝えようとしている合図なのです。 世の中には大きな流れのようなものがあり、それは絶えず動き循環をしています。 その流れと循環があるからこそ、物事は動き、汚れたものは浄化されるのです。 川の流れは物を動かし、汚れた水を浄化します。 大気の流れもそう。様々なものを動かし、そして汚れた大気を浄化しています。 そしてあなたの心も、流れ、循環することで、意識や思考、感情などを動かし、 あなたの心の浄化を促します。 苦しさというものは、この健全な流れが滞っていたり、本来あるべき流れから外れていることを 伝える大切なサインなのです。 怪我をしたら痛みがうまれ、治療すべき箇所があることを教えてくれますよね。 苦しみというものも、それと同じ役割をもっているものなのです。 |
| あなたの中には「純粋な心」と呼ばれるようなものが宿っています。 それは心の奥にある本来のあなた自身であり、あなたの本質的な感性です。 あなたの魂と呼んでもいいかも知れません。 もしあなたが苦しさを感じているのなら、流れを滞らせ、「純粋な心」を覆い隠している何かが あります。 そしてあなたはその「何か」に向かい合い、流してあげる必要があるのです。 |
| さて、ここでノートとペンをご用意ください。 もし用意ができたら、そのノートに、今あなたの心にどんな感情が漂っているのか、書き出して みてください。 何でも結構です。 思いつくままに、あなたの意識が何かに触れたら、それをそのまま言葉にして書き出してみて ください。 何かに対する嫌悪の思いでしょうか、過去の出来事に対する悔しさでしょうか。 それとも未来に対する不安感かも知れません。 もしかすると、眉をひそめ、顔を歪めたくなるような感情や思いがよぎるかも知れません。 いかがでしょうか。 いくつか書き出すことができたでしょうか? 今あなたが書き出したもの、それこそがあなたの「純粋な心」を隠している正体です。 それはあなたの心に溜まった汚れ、心の塵と言ってもいいかも知れません。 |
| 私たちは、日々の生活を営みながら、心の中に汚れや塵を生み出しています。 生きているものが老廃物を生み出し、何かを作る際に廃材が生じてしまうのと同じように 私たちの心の中にも、不安や恐怖、怒りや憎しみ、ねたみ、後悔、、失望など・・・、そんな 感情のカスや塵が生まれ残ってしまうのです。 それらは放っておくと、どんどん心の中に溜まり、こびりつき、悪臭を放ってきます。 長い間体を洗わなければ垢が溜まり、嫌な臭いを発するのと同じです。 心も放っておくと汚れや塵がどんどん膨れ上がり、心の中がそんなものでいっぱいになって しまうのです。 心の中で異臭を放つそれらは、とても不快に感じられるものなので、人はそれらを拒み、 押さえつけ、心を固く閉ざそうとしてしまいます。 結果、心を循環している健全な流れが滞り、「純粋な心」は覆い隠されてしまうのです。 そして流れを求めるあなたの「純粋な心」は、必死で合図を送るのです。 「苦しい」と。 だからあなたが「純粋な心」の声に応えようとするならば、あなたは心の流れを塞ぎ止めていた 心の流れを取り戻すことが必要なのです。 そうすることで、心を覆っていた本来のあなた自身を取り戻すことができるのです。 |
| それでは、その心の汚れや塵をきれいにするには、いったいどうすれば良いのか? それは、心の汚れに目を向け、許し、流してあげることです。 心の汚れを落とすためには、まず汚れている部分を視ることが必要なのです。 汚れや塵から目を背けず、汚れがあることをちゃんと受け止めることが大切なのです。 視る、ということは、光をあてると考えても良いでしょう。 心に漂う漠然とした闇に光をあて、それがどんな姿をしているのか、しっかりと見据えるのです。 心の闇というものは、逃げたり目を背けたりすると、あらぬ妄想や幻想を引き寄せ、心の中で どんどん膨らんでしまいます。 だから、不安があれば、その原因に光をあて、しっかりと眺めてあげることです。 心が押しつぶされそうな不安も、その正体を見据えれば、案外つまらないものだっり、勇気を 出せばすぐに解決できるものだったりするものです。 そして大切なのは、光をあてた心の汚れを、許すことです。 不安や恐怖、怒りや後悔といった心の汚れは、敵視するものではありません。 それらは、拒んだり、憎むものではなく、許してあげるものなのです。 許し、受け容れ、そして抱え込むことなく手放し、流してあげるものなのです。 目を背け、視ようとしないから恐怖になる。 敵視し、拒もうとするから囚われになる。 いつまでも心の中に目を背けたいと思うものを抱え込み、それが心の汚れとなり、 流れを滞らせていくのです。 そしてあなたと「純粋な心」とのつながりが断たれてしまうのです。 流すためには、行動が必要になるときもあります。 何かをしなければならないのに、それから逃げているときがそうです。 そんな時は行動してしまうこと。 それも心の汚れをきれいにするためには必要なことです。 |
| さて、それでは心の汚れに光をあて、許し、流すということを体験してみましょう。 再びノートとペンを手にしてください。 そしてあなたの心に漂っている思いや感情を、そのノート「4ページ分」に書き綴ってください。 あなたは何を苦しんでいるのでしょう。 その苦しみはどんな感情をもたらすでしょう。 その感情を生み出す原因は、どんなことでしょう。 それらに勇気を出して光をあててみてください。 このノートはあなたしか見ることがありません。ありのままの感情をぶつけてもかまいません。 かぎ殴りのきたない字でも結構です。 ただ、1つだけお願いしたいのは、必ずノート4ページ分を埋めて欲しいのです。 もしかすると途中で書くことがなくなってしまうかも知れません。 それでも4ページ分だけは書いてください。 心に思いつく他愛のないことでも結構です。ふと心によぎった空想でも結構です。 それではどうぞ。 |
| いかがでしょうか? 約束通り4ページ分を書き綴っていただけたでしょうか。 4ページというのは結構長いと思われたと思います。 心の表面を漂っている思いや感情を書き出すのは、あっという間です。 書くことがなくなってから、あなたは自分の心を1段深く潜り、そこに蠢いていた思いに 光をあててみたはずです。 それはもしかすると、心の表面に昇っていくことを押さえ込んでいた思いかも知れません。 そして本当は、とても気になっていたことなのかも知れません。 文字にして書き出すということは、漠然としていたものを鮮明にし、整理し、第三者化する ということでもあります。 心の汚れを落とすためには、許し(受け容れ)、流すことが必要であることを述べました。 思いを文字にして第三者化するということは、その行為そのものが受け入れ、流す行為でも あります。 受け容れられなければ、文字になど表現することはできないでしょう。 そして書き出すということは、思いを心の中に留まらせず外に出す、つまり排出するという行為 なのです。 |
このワークを通し、ほんの少しでも、心が軽くなり、心の中に動きのようなものを感じることが できたのではないかと思います。 光をあてればあてるほど、心の中で重く蠢いていたものの正体が分かり、 許せば許すほど、あなた自身を縛っていたものが解かれ、 流せば流すほど(手放せば手放すほど)、滞りが癒え、心が軽くなります。 心にこびりついていたものが落ちるたび、心に自由が戻り、 自分がとても透明な存在であることを思い出すことでしょう。 それが「純粋な心」との流れが通じた瞬間でもあります。 もしも行動の必要性を感じたら、行動してみてください。 その行動によってわだかまりの原因であったものを解消することができ、心の流れは さらに透明度をあげていくことでしょう。 そして行動することによって、あなたの中に新たな気づきがもたらされることでしょう。 前半で述べましたように、心の汚れは長い時間をかけてこびりついているものです。 また、体の汚れがそうであるように、心の汚れも日々溜まっていくものです。 一度きれいになっても、日常のストレス等にまみれると、すぐに流れは滞ってしまいます。 そのため、もしこのワークで心の変化を実感された方ならば、このワークはできるだけ継続的に 取り組まれることをお勧めします。 スペースの都合上、ここではご説明ができませんでしたが、このワークをよりよく行うために、 「今を感じるワーク」もぜひ体験してみてください。 よろしくお願いいたします。 |